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2015-09-18

『島もの』と呼ばれた縞で、江戸の粋を楽しむ!

縁結び工房は、アジアと日本の伝統文化のご縁を結ぶ場所です。また、茶道からつながる世界をお届けします。

「ストライプ」や「チェック」を言葉で説明すると、「複数の色を使った、複数の平行する線や交差する線で構成された模様」と言えばいいでしょうか。

日本語で縞(縦縞・横縞・格子縞)と呼ばれるその模様ですが、もともとは、南蛮貿易によってもたらされた織物の柄です。

法政大学総長で、江戸文化研究家の田中優子氏の著書『きもの草子(ちくま文庫)』によれば、「江戸時代には、インドで大量に生産されたものが日本・東南アジア・ヨーロッパに輸出され、次第にそれぞれの地域でも生産されるようになった」ということです。ここ日本では、唐桟織として、今も織り続けられています。

江戸時代、粋な縞模様は、江戸っ子の心をつかみ、大変な人気だったとのこと。当時の浮世絵にも、縞模様の着物や羽織を着た女性や歌舞伎役者の姿が多く描かれています。
浮世絵は、今でいうファッション雑誌の役割も果たしていました。このことからも、縞柄の人気が高かったことがわかりますよね♪

ところで、「マドラスチェック」という名の格子縞を見たり聞いたりしたことがある方は多いと思います。
これは、インドのマドラス(現チェンナイ)地方で織られていた格子の縞模様なのですが、このマドラス地方に、サントメ(St. Thomas)という港があります。
江戸時代の日本では、マドラスのサントメ港から来た縦縞の織物を『桟留島(サントメ縞)』と呼びました

同じ地方で生まれた縞柄ですが、日本では、洋装の格子縞を「マドラスチェック」と言い、和装の縦縞を「桟留」と言っているわけです。なんだか興味深いですね。

そして、江戸時代、サントメに限らず、南アジアや東南アジアから来た縞柄の織物は、「島もの」と呼ばれていたそうです。

次第に、「島もの」に限らず、ストライプやチェック柄のことを「島」と呼ぶようになり、やがて絹を意味した「縞」という漢字があてられるようになったとのこと。
何気なく来ている着物の柄に、世界史と深い結びつきがあるなんて、本当に興味深いです。

江戸時代も現代も、人という生き物は、遠い異国の地から運ばれて来た物に憧れを抱いたり、旅情をそそられたりするものなのでしょうか。
私自身は、タイで織られた布を見ると、タイでの思い出と共に郷愁をそそられてしまいます。

人の手で糸を紡ぎ、括り、染め、そして織る。その途方もなく長く細かい作業の工程を度々目にしてきたからでしょうか。一枚一枚の布に、深い愛着があります

縁結び工房の商品にも、格子縞や横縞の帛紗がございます。
s-タイ絣_ピンクチェック_03↑【出し帛紗】泰絹絣マットミー「格子縞 伊奢那裂(こうしじま いしゃーな ぎれ)」
↓【出し帛紗】泰絹絣マットミー「縞に花菱紋裂(しまに はなびしもん ぎれ)」
s-タイ絣_緑ストライプ_06江戸時代に思いを馳せ、現代の「島もの」でお茶席を彩られてみてはいかがでしょうか?


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