タイの村で、布を織ることが日常だった頃
縁結び工房は、アジアと日本の伝統文化のご縁を結ぶ場所です。また、茶道からつながる世界をお届けします。
だいぶ前のことですが、タイ東北部の都市・コンケンに、2年とちょっと住んでいたことがあります。
コンケンなんて初耳!という方が多いと思うので、ちょっと説明。
コンケンには、東北地方最大の国立大学である名門コンケン大学があります。
また、フランスを拠点とする世界的ホテルチェーン・アコーグループの最上級ブランド、ソフィテル・ホテルがありました。しかも、世界一宿泊料金が安かった(注:縁結び工房調べ)。でも、その後、格下げという憂き目に遭い、現在はプルマン・ホテルとして存在しています。
そして、中心部から車で15分も行けば、水牛や、馬と見紛うほど痩せた牛が、草を食んだり、道をのんびり横断したりするような素朴な世界に突入します。
コンケン郊外の村々では、住居は高床式の木造住宅が主流で、その床下で、女性たちがトントンと機を織っていたものでした。
そんなコンケンに住んでいた時、職場までの公共交通機関がなかったので、私は仕方なく車を買いました。そして、国際免許どころか、日本の運転免許さえも持っていなかった私は、運転手さんを雇っていました。
その運転手さんは、とても良い人でした。
良い人っていうのは、人間だけじゃなく、動物にも伝わるようで、不良野良犬グループにイジメられた子犬が、傷だらけで運転手さんにすり寄って来たりしていました。
良い人っていうのは、自然の力を無意識にリスペクトできる人のようで、満月の明るさがどんなに素敵かを、通勤途中に話してくれたりしました。
運転手さんの家は、市街地を抜けて田舎道に入った辺りにありました。彼は、私を職場から自宅まで送ると、停めてあった自分のバイクに乗り換えて家路を急ぐのですが、満月の夜は、畑道をライトを点けずに走るんだそうです。大きな丸い月が十分な光で畑を照らすから、ライトなんて点けずに、月明かりだけで帰ることができるんだそうです。それはそれはロマンチックな帰り道なんだそうです。
2年数か月のコンケンでの仕事を終え、日本に帰国するとき、たくさんの同僚がお別れの言葉とお別れの品を贈ってくれました。なぜか、県知事さんからも象の置物をいただきました。
別れ際、運転手さんも贈り物をくれました。それがこの布です。奥様の手織りの布だそうです。
胸に、グッときました。
売り物ではなく、私のために織ってくださった手織りの布をいただいたことは無かったし、いただくと思ったことも無かったから。
一本一本、経糸を張り、一本一本、横糸を織り込んでいく。一枚の布が織り上がるまでの道のりは、とても長く、遠く、、、
優しい人の優しい奥様が、貴重な時間と労力を織物という形にして私に贈ってくださったのだと思うと、この布を裁つことがどうしてもできません。できるのは、時々、引き出しの奥から取り出して、広げて見ることだけです。
今は、タイの田舎町にも、チェーンの大型スーパーやコンビニ、工場ができ、アルバイトでも現金収入を得やすい時代です。高床式の家の床下で機を織る風景も、過去のものとなりつつあります。
文化を守ることと、便利で快適な暮らしにシフトしていくことは、どこの国でも両立が難しい問題。
そんな難しい状況を乗り越えて、文化を守っていくことができてこそ、真の豊かな暮らしといえるのではないでしょうか。
縁結び工房は、細々とではありますが、文化を守るお手伝いを続けていきたいと思います。